10
10月

親鸞聖人750回忌

親鸞聖人750回忌が3日間、富山県射水市にある親鸞会館で行われました。

高森顕徹先生から、親鸞聖人の御臨末の御書、

「我が歳きわまりて
 安養浄土に還帰すというとも
 和歌の浦曲の片男波の
 寄せかけ寄せかけ還らんに同じ
 一人居て喜ばは二人と思うべし
 二人居て喜ばは三人と思うべし
 その一人は親鸞なり」

のお言葉について教えていただきました。

一日目は、同朋の里での法輪。
二日目は、弁論大会。
三日目は、会食会、体験発表。

と、充実した三日間でした。

750回忌はゴールでなくスタートだと教えていただきました。
750回忌を勝縁に、親鸞学徒の本道進ませていただきましょう。

07
8月

親鸞学徒追悼法要

久々の更新です。m(__)m

さて今日は、富山県射水市にある親鸞会館にて、親鸞学徒追悼法要がつとめられました。
追悼法要とは、亡くなった方を偲び、我が身の無常を凝視し仏法を聞かせていただくご縁です。

高森顕徹先生より「因果の道理」について聞かせていただきました。

因果の道理は、仏教の根幹で、お釈迦さまが45年間教えていかれた大事な教えです。

善因善果
悪因悪果
自因自果

よくよく聞かせていただき、実践していかねばなりませんね。

06
6月

親鸞聖人降誕会

金沢では百万石まつりが行われていましたが、富山県射水市にある親鸞会館では親鸞聖人降誕会が2日間つとめられました。

降誕会とは、親鸞聖人がお生まれになられたことをお祝いしてつとめられるご縁です。
親鸞聖人がお生まれになられなければ、私たちは人生の目的を知ることはできませんでした。

その親鸞聖人の恩徳讃について、高森顕徹先生から聞かせていただきました。

「如来大悲に恩徳は
 身を粉にしても報ずべし
 師主知識の恩徳も
 骨を砕きても謝すべし」

聖人90年のご活躍の原点は、恩徳讃の気持ちからであったと教えていただきました。

真剣に聖人のみ教えを、聞かせていただかねばなりませんね。

23
5月

ただ念仏のみぞ

昨日は、富山県射水市にある親鸞会館にて、高森顕徹先生の講演会がありました。

有名な歎異抄の一説、

「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、皆もって空事・たわごと・真実あることなきに、
 ただ念仏のみぞ真実におわします。」

というお言葉について聞かせていただきました。

煩悩具足の凡夫とは、私たち人間のことです。
私たちは煩悩以外には何もない、ということです。

火宅とは、火のついた家。
そんな所にいたら、とても不安になりますね。
無常とは、常が無い、続かないということです。

私たちは、そんな不安で続かない世界に住んでいるんですね。

だから、皆もって、空事・たわごとでまことはないんですね。

ただ念仏のみぞ真実にておわします。
ここでいう念仏は、ただ南無阿弥陀仏と称えることではありません。
阿弥陀仏に救われて、お礼の念仏を称える身になりなさい、ということです。

そのような身になれるよう、聞かせていただかねばなりませんね。

24
4月

道俗時衆共同心

今日は、富山県射水市にある親鸞会館にて、高森顕徹先生の講演会がありました。

いつものように、親鸞聖人の正信偈について教えていただきました。
世界の光と言われている親鸞聖人の教えが正信偈に書かれています。

この正信偈は何のために書かれたか。
正信偈を書かれた目的が、一番最後に書かれています。

「道俗時衆共同心(どうぞくじしゅうぐどうしん)
 唯可信斯高僧説(ゆいかしんしこうそうせつ)」

「全ての人よ、この親鸞と共に同じ心になってもらいたい。」

同じ心とは、絶対の幸福ということです。
全ての人に、絶対の幸福になってもらいたいと書かれたのが正信偈なんですね。

では、どうすればそのような身になれるのか?

「唯一つ、この高僧の教えを信じなさい。」

この高僧の教えを、今教えていただいていますので、続けて聞かせていただきましょう。

17
4月

夜桜

Filed in 日記

兼六園の夜桜を見に行ってきました。
ライトアップされていて、とてもきれいでした。



↑ あまりうまく撮れませんでした m(__)m

10
4月

苦悩の根元

今日は、金沢市にある近江町いちば館で講演会がありました。
苦悩の根元ということについて教えていただきました。

私たちは幸せを求めて生きています。
その為には苦しみ悩みを取り除かなければなりません。
その苦しみ悩みの根元は何か、ということが俄然知りたくなります。

親鸞聖人は苦悩の根元を、「無明の闇」と教えられています。
無明の闇とは、後生暗い心のことです。

苦悩の根元である無明の闇を晴らす、と約束されているのが、阿弥陀仏の本願です。
無明の闇を晴らしていただけるよう、弥陀の本願聞かせていただきましょう。

28
3月

二益法門

昨日は、高森顕徹先生のテレビ座談会がありました。

歎異抄を解説された「歎異抄をひらく」について教えていただきました。

その中で、阿弥陀仏の救いは二回ある、と教えていただきました。
これを二益法門と言います。

二益法門については、親鸞会の公式ホームページに詳しい説明がありましたので、そちらをチェック!
↓↓
二益法門とは、どんなことなのか。

この世で救われた人だけが、死後の救いに遇えるのですから、この世で阿弥陀仏に救われるところまで聞かせていただかねばなりませんね。

08
3月

後生の一大事

この間の日曜日は、富山県射水市にある親鸞会館にて高森顕徹先生の講演会がありました。

「後生の一大事」について聞かせていただきました。

仏教はすべての人に後生の一大事のあることと、その解決を教えられたものです。

すべての人は、死ねば地獄に堕ちて苦しみを受けなければならない、という一大事があります。

この一大事を解決できるのは、阿弥陀仏しかおられないと聞かせていただきました。

後生の一大事を阿弥陀仏に解決していただけるところまで、聞かせていただきたいと思います。

13
2月

救われたぞ!助けられたぞ!

今日は、金沢市にある近江町いちば館で講演会がありました。

親鸞聖人の書かれた正信偈の最初の二行、

「帰命無量寿如来(きみょうむりょうじゅにょらい)
 南無不可思議光(なむふかしぎこう)」


について、聞かせていただきました。

帰命とは、昔の中国の言葉。
南無とは、昔のインドの言葉。
ともに、「救われた、助けられた」、という意味です。

仏教は、お釈迦さまがインドで説かれ、それが中国へ伝わり、朝鮮半島を経て、日本へ伝わりました。
ですから、昔のインドの言葉や、昔の中国の言葉が使われます。

次に、無量寿如来とか不可思議光とは、ともに阿弥陀如来ということです。
阿弥陀如来は、たくさんのお徳を持っておられるので、その特に応じたお名前を持っておられます。

ですので、正信偈の最初の二行は、

「親鸞は、阿弥陀如来に救われたぞ!
 親鸞は、阿弥陀初来に助けられたぞ!」

という意味になります。
どこにも、「親鸞は」、とは書かれていませんが、正信偈は親鸞聖人ご自身のことを書かれたものですので、「親鸞は」となります。

この弥陀の救いについて、正信偈のこのあとに書かれてあるんですね。

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